星の数

星の数

アメリカで四年間子育て→2018年帰国。日々考えたことを綴っているブログ。

SPONSORED LINK

私が大学時代に英語を専攻した理由。

f:id:countstars:20180206074223j:plain

私は大学時代、英語学の専攻で卒業しました。
なんでこの専攻を選んだのかというと、親の影響が大きかったんじゃないかなーと思います。


まず、私が通っていた高校では、二年生で文系と理系の選択がありました。
理系の科目は、中学生の時は割と好きだったのですが、高校に入ってからよく分からなくなりました。笑 一生懸命時間をかければ問題は解けるようになるものの、数学の問題を解く喜びはよく分かりませんでした。理系に進んで特に就きたい職業も思いつかなかったので、私は文系に進んだ方がいいんだろうなぁと思ったのでした。

 

好きな科目は国語と歴史。でも文学部は検討せず。

一方で、好きな科目は国語と歴史でした。日本の古文だとか、世界史の歴史のストーリーにロマンを感じました。
しかし、大学受験で文学部は受験せず、外国語学部を志望しました。
なぜ文学部に進まなかったか?
なんとなく、文学部って就職に不利そうだと感じたからだと思います。

当時、父親が「文学部を出ても就職先を探すの大変だよ。日本人だったら皆日本語ができるから、日本語で他の人より抜きん出て飯を食べていくのは大変だ。英語ができたら将来役に立つと思うよ」
…というようなことを言っていたのを覚えています。

私は特に文学部を受験したい!と親に言ったわけでもなく、何か世間話でもしていた時に、ふと父親が言った言葉だったと思います。
私も、大学には非常にお金がかかることは理解していたので、大学を出て就職先を見つけられなかったら困るな〜 と思い、英語もまぁまぁ好きな科目ではあったので、外国語学部系を受験したのでした。

 

帰国子女と比較して自信をなくす。

そして、努力の成果も実り、大学では英語を学ぶことになったのですが、ひとつ壁にぶち当たります。大学には帰国子女の子が多かったのです。純日本育ちの私と、彼らの英語力には圧倒的な差があり、すっかり自信を失ってしまいました。自分は自分、彼らは彼ら、と比較せずに自分の勉強を頑張ればいいじゃん、と今では思うのですが、当時はそこまで気持ちの切り替えができずにいました。
現在は娘をアメリカで育てているので、娘の言語習得の様子を見ていると、純日本人が帰国子女に英語で太刀打ちするのは土台無理な話だと感じています。とはいえ、帰国子女の日本語維持の難しさもよく見聞きするので、そんなに単純に羨ましいとは思いませんが。今の私は、娘の英語力よりも日本語力の維持の方を心配しています。

 

英語ができて良かったことはたくさんある。
話がちょっと逸れましたが、大学で英語を勉強できたことは、今のアメリカ暮らしではめちゃくちゃ役に立っているので、結果的に良かったとは思っています。英語ができなかったら、友達もできずに孤独で辛い海外生活になっていたと思います。
また、日本語のネイティブで、かつ英語も多少はできるというのは私にとって飯の種になったのは事実です。会社員のときも英語は使っていましたし、最近はクラウドワークスでも英語を使った仕事もしています。

とはいえ、もしあの時自分の好きな歴史などを専攻していたら 、また違う人生で楽しかっただろうなぁと思うのも事実です。まぁ大学だけが勉強ではないし、卒業してからも自力で学びはできるのですが。大学の時に時間をかけて学んだことは、その後の人生においてやはり特別な意味がある気がします。

 

日本文化の大切さと実学的志向の危うさ

一方で、海外で暮らし始めて、日本の文学や文化を学ぶことの大切さも改めて感じました。日本の大学で、文学部や国文学が不人気だと聞くと、非常に残念に思います。日本文化、日本語学、全ては日本の大きな財産です。実学的志向が強まり、日本の大学における自国文化の研究が衰退したら、それは大きな損失でしょう。仮に、もし娘が将来、日本の国文学を勉強したい!と言ったら、いいんじゃない?と応援する気がします。
とはいえ、子どもは親の考えていることを本当に敏感に察知するので、極力こうした方がいいという発言は控えるように気をつけなきゃいけないなと思います。子どもたちには、本人がやりたいことを伸び伸びとやってほしいです。