星の数

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アメリカ生活、旅行、育児の日記

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アメリカで日食観察

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今日は日食を観察しました。アメリカでは100年ぶりの日食ということで、全米でフィーバーしていたそうです。facebookのアメリカの様々の地域の友人も「これから日食観察するぜー イエーイ」って感じで日食用サングラス姿の写真をアップしていました。

我が家も日食を見たいということで、手作り工作しました。
材料は、シリアルが入っていた空き箱、アルミホイル、白い紙、ハサミ、セロハンテープ

 

 

m.youtube.com


5分くらいで簡単に作れました。


一応これでも日食の影を映して太陽の欠けている様子を観察はできました。


でも、外に出たら、近所のアメリカ人の親切なおばちゃんがNASAの日食用サングラスを貸してくれたので、それを使って空を観察することができました。近所の見晴らしの良い広場にみんな集まって観察していて楽しかったです。

 

4歳の娘にも試させてみると、「太陽だ!」とちょっと驚いていましたが、広場で友達と遊ぶことの方に夢中になってました。まぁ子どもはそんなもんですよね。

 

近所の人たちと一緒に日食観察をして、ちょっとお祭り気分みたいで楽しい1日でした。

 

 

アーミッシュの家庭で夕食を食べた体験談

 

宿のオーナーの紹介で、アーミッシュの家庭へ夕飯を食べに行くことに

アーミッシュの男性へのインタビューを終えて、ついに旅行は最終日になりました。
この日は、なんと本物のアーミッシュの家庭に訪問して夕食を食べることになりました。
私達が利用していた民宿のオーナーさんの紹介 で行くことになりました。観光客向けに自宅をオープンして、夕食を振舞っているそうです。参加費の徴収はありませんが、食事の後に寄付金を入れるカゴが参加者にまわってくるので、1人15ドルを目安に寄付してね、と宿のオーナーさんからは事前に言われていました。

 

旅行中、ランカスターの周辺を色々と見学してアーミッシュの人たちを見かける機会はたくさんありましたが、実際に話す機会はほとんどありませんでした。本物のアーミッシュの家庭に行くことができる、ということでとても楽しみにしていました。

 

アーミッシュの家の様子


宿のオーナーから伝えられた住所に向かうと、住宅街の中のある一軒家にたどり着きました。時刻は既に夕暮れ。

 

一見、ごく普通の一軒家でしたが、電線がないことからアーミッシュの家だということがわかります。


私達以外にも、3組ほどのアメリカ人観光客が一緒に参加することになっていて、他のお客さんは既に到着していました。
家に着くと、ご主人が迎えてくれました。第一印象は、ヒゲが長い!ということです。アーミッシュの既婚男性はあご髭を伸ばす決まりになっているそうです。

 

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 (インターネット上で見つけた著作権フリーの画像。実際に会ったご主人はもっと長い髭でした)

 

家の中は、ごく普通のアメリカ人の家だなという印象でした。ただ、電気を使わずにローソクを照明としているので、家の中は薄暗かったです。キッチンに冷蔵庫があることが意外に感じましたが、今思えば蓄電池式のものだったのだろうと思います。

 

夕食会の様子

 

奥さんが振舞ってくれた料理はどれも美味しかったです。マッシュポテト、ビーンズ、メインのローストチキン、デザート。小さな子供達が6人ほどいて、料理のお皿を運んできてくれました。


一番小さい娘さんは4歳くらい。まだ小さなうちの娘に興味津々で、一緒に遊びたがっていて、可愛らしかったです。電池が入った音の出るおもちゃで遊んでいて、アーミッシュの子供でも電池のおもちゃで遊ぶのかぁ、と意外に感じたのを覚えています。

食事中は、奥さんはたくさんのゲストをもてなすのに忙しそうでした。ご主人は席についていましたが、私達夫婦の席からは遠かったのでほとんど会話した記憶がありません。私たちは他のゲストのアメリカ人と世間話をしていました。

 

食事中、他のゲストのアメリカ人のおじさんが、クルーズ旅行に出かけた話をしていて、なんだか自慢話っぽくて嫌だなーと感じました。食事のあと、寄付のカゴがまわってきたとき、「これが外国のお金だよ。すごいだろう」と、ユーロ紙幣を出していて、アーミッシュの子供達は興味津々で見ていました。私は、ユーロ紙幣で渡しても換金が面倒くさいからドル札で出せばいいのに… と思ってしまいました。

 

食事後、モノを売るアーミッシュの子供たち

お腹いっぱいになった頃、なんと子供達がモノ売りを始めました。自分で書いた絵のカードやしおりなどを、「ひとつ5ドルだよ」と言って売ろうとしてくるのです。ただの子どもの工作なので、どう考えても5ドル、10ドルは高すぎる。中には、「高いなぁ〜」といいつつも購入しているゲストもいましたが、私はno thank you と言って断りました。

 

子供達がモノを売っている姿、そしてそれを容認している親の姿を見て、このアーミッシュの人たちにとって私たちゲストは「お金を持った観光客のお客様」なんだなーと感じました。まぁ、考えてみれば当たり前かもしれませんが、この夕食会だって彼らにとっては大事な収入源、いわばビジネスの場なのでしょう。奥さんに聞くと、週に2回この夕食会を開催していると言っていました。奥さんの立派なpart time job のような気がしました。

 

以前の記事でも書きましたが、アーミッシュは完全に自給自足で生きているわけではないので、生活のために外のお金も必要です。この世界には経済格差が確かに存在していて、彼らが自分たちの持っている稼ぐ手段を利用するのは至極当然なことなのかもしれません。しかし、旅行前に抱いていたイメージと違って、商売気があることに少なからず驚きました…

 

以上、これもまた印象深い旅のエピソードでしたが、ここで訪問したアーミッシュの家庭は観光客向けに自宅で夕食会を開いているお家なので、こういう形の体験になったのかもしれません。あしからず。

 

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アーミッシュだって普通の人間

 

食事を終えて、車で帰路に着くとき、夫と2人で今夜の感想を話していて、「いやー、別にアーミッシュといっても普通の人と大して変わらなかったね。ゲストたちが帰った後に、やれやれやっと終わった〜って、電気を出して服を着替えたとしても驚かない気がする」と夫が冗談っぽく言っていました。

アーミッシュの人の言葉、「アーミッシュだって普通の人間だよ。敬虔で、昔ながらの服装をしているけど」という言葉を思い出しながら、帰り道をドライブしていきました…

 

元アーミッシュの人の話を聞いて、考えたこと

前回の続きです

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countstars.hatenablog.com

 

アディアフォラとは何か

アディアフォラ(adiaphora、ギリシア語: ἀδιάφορα、無関心なもの)とはストア派によって形成された概念で、善でも、悪でもなく、命じられてもおらず、禁じられてもいないこと。新約聖書においても用いられ、キリスト教の概念としても議論されるようになった。

アディアフォラ、つまり分かりやすく言うと「どっちでもいいじゃん」という事柄です。
聖書を読むと、明らかに禁じられていること(偶像を拝むこと、殺人など)もあります。しかし、一方でグレーな部分(善でも、悪でもなく、命じられてもおらず、禁じられてもいないこと)もたくさんあります。そのへんは、個々人の良心に基づいて判断をしてね、ということになります。

たとえば、服装について。アーミッシュの人たちは昔ながらの服装をしています。
これは、聖書に「適度に慎み深く身を飾りなさい」と書いてあることに基づくそうです。

でも、慎み深く、って人によって解釈に幅がありますよね?
私はクリスチャンですが、アーミッシュの女性のようなワンピースはもっていませんし、子育て中なので動きやすいジーパンで教会に行ってます。私の知る範囲では、教会では女性がすごい露出した格好で礼拝に行くのはあまり好ましくないと思いますが(周りの男性の目に刺激になってよろしくない)、極端な格好でなければどんな服装でもオッケーだと認識しています。

 


アーミッシュの本屋さんで、アーミッシュの教義の本を買った

私は旅行中にアーミッシュの人達が通う本屋に立ち寄ったのですが、この本を買いました。

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お値段なんと2.5ドル!安い。笑  手のひらサイズの本です。


アーミッシュの人たちが何を信じているのか、どういう教義を根拠にして信仰や生活の実践をしているのか、について書いてある本です。私にとっては、なかなか興味深い内容でした。

服装の内容については8ページにわたって書いてありました。といっても、こういう色の服を着ましょうとか具体的な指示ではなく、服装に関する聖書の教えを引用して、アーミッシュではこのように解釈します、この考えを前提にして具体的な細かいルールは各コミュニティで決めてね、といった内容でした。

読むと、服装はmodest apparel(慎ましい身なり)というのがキーワードらしいです。

アーミッシュの人たちが根拠にしている聖書の箇所はこちら。

「同じように女も、つつましい身なりで、控えめに慎み深く身を飾り、はでな髪の形とか、金や真珠や高価な衣服によってではなく、 むしろ、神を敬うと言っている女にふさわしく、良い行いを自分の飾りとしなさい。」
‭‭
アーミッシュの人たちはこの言葉を厳粛に受け止めていて、服装の細かい規定があり、お化粧や鏡を見ることも禁じられているそうです。

 

聖書から服装の問題について考えてみる


実は新約聖書を読むと、服装に関する記述はほとんどありません。強いて言えば、先ほどの箇所くらいです。これは、新約聖書のテモテヘの第一の手紙‬の引用です。

この手紙は、使徒パウロから、エペソの教会で牧会していたテモテに宛てて書き送られました。なぜパウロはこのようなことを手紙の中で書いたのか?それは当時の時代背景を考える必要があります。

このエペソの町には、豊穣の女神アルテミスを祭った神殿があり、そこには何千という神殿娼婦と呼ばれる人たちがいたのです。彼女たちは町に繰り出しては男たちを魅了していました。派手なファッションをして、金や真珠の宝石で身を飾って挑発していたのです。パウロはそういう状況の中で、あなたがたはこのような派手な格好をして自分をアピールするのではなく、神を敬う女性にふさわしく、良い行いを自分の飾りとしなさいと言ったのです。

つまり、度を越した派手な身なりをしてはいけない、ということです。
どのくらいが度を越した派手さになるのか?というのは人によって感覚が異なるので、アディアホラ(どちらでもよい事項。個々人の良心に従って判断する)の問題になると思います。

私個人としては、あまり露出が激しい格好はNGだと思いますが、一切化粧はダメ、鏡を見るのも禁止、というのは行き過ぎてるんじゃないかなーと思います。だって、著者のパウロはそこまで意図して書いていないだろうと思われるからです。

 

救いは行いじゃない、ハートだ!

今回は服装の問題を取り上げましたが、その他にもアーミッシュのコミュニティには様々な規定があります。電気を使ってはいけない、車を所有してはいけない、など。
ライフスタイルを選ぶのは個々人の自由であり、どちらでもよいアディアホラの範囲の事柄だと思いますが、それらの規定を守ってコミュニティに属していないと死後に天国には入れないと教えるのは問題があるんじゃ?と感じました。なぜなら、聖書にそんなことは書かれていないからです。

自分の慣れ親しんだライフスタイルやコミュニティが好きだから、という理由でアーミッシュになることを選択するのは良いと思いますが、アーミッシュじゃないと天国には入れないから、地獄に入りたくないから、という理由で洗礼を受けるのであれば、その考えは間違っているのでは?と私は思います。それが理由で家族の間で離別が生まれるのも悲劇だと思います。


あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。(新約聖書エペソ二章より)

 

 

インタビューをした元アーミッシュの男性が、救いは行い(work)じゃない、信仰(heart)なんだ、と繰り返し言っていたのが印象に残っています。

 

昔、クリスチャンではない友達とキリスト教の話をした時に、
キリスト教って、イエスキリストを信じれば救われるっていうけど、そこが理解しがたい。一生懸命善行を積んだ人が天国に入れる、っていう方がまだ分かりやすい」
と言われて、なるほどーと思ったことがあります。

頑張った人が報われる、というのが日本人の精神性に、マッチしているのかもしれません。

 

キリスト教の概念では、人間は皆心に罪を持っているので死後にさばかれる、とされています。聖書では、人間の罪は借金に例えられています。人が一生に犯す罪の負債は何兆円、途方もない金額で、少し善行を積んだくらいでは返済できないような額だそうです。人間の罪という借金をチャラにするために犠牲の生贄として捧げられたのが、イエスキリストの十字架での死であり、イエスキリストをただ信じれば救われると聖書は語っています。


アーミッシュによる、アーミッシュへの宣教団体

アーミッシュの人へのインタビューを通して、彼らの救いの認識の問題を知り、私は複雑な気持ちになりました。それまでは、銃乱射事件の赦しのエピソードや、彼らの質素で敬虔なライフスタイルに好意的な印象を持っていたのですが、自分たちの教えを守らないと救われないという考え方はひどく閉鎖的に感じられました。

旅行から帰ってきた後にインターネットで調べていたら、このようなサイトを見つけました。

 

www.mapministry.org

 


アーミッシュの人たちへのキリスト教の宣教団体です。宣教師は、かつてはアーミッシュだったけれども、聖書の教えとアーミッシュの教義が離れていることを感じてアーミッシュを辞めた人達です。サイトの中に、宣教師の人たちのこれまでの生い立ちや経緯が書いてありました。やはり私が感じたのと同じような問題意識を持っている人は他にもたくさんいて、既にこのような活動や団体も存在するんだなと思いました。個人的には、ここの宣教師さんたちを応援したい、頑張って欲しいなと思いました。

 

 

 

 

元アーミッシュの人の話を聞いて、一番驚いたこと

 

このアーミッシュシリーズも、今回で4つ目の記事になります。 

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過去記事は以下の3つです。

 

countstars.hatenablog.com

 

countstars.hatenablog.com

countstars.hatenablog.com

 

 

前回の続きで、以下は元アーミッシュの男性へのインタビュー内容です。

 

 


アーミッシュを離れるにあたって一番葛藤したことは?
自分の救いの問題だね。つまり、自分が死んだ後に天国に行けるかどうか、ということ。
アーミッシュの人たちは、アーミッシュ以外の人たちは救われない(死後に天国に入ることができない)と考えている。天国に入るには、アーミッシュの戒律を守ってコミュニティに属することが必要だと考えているんだ。
今の僕はクリスチャンだけれども、聖書には「人は自分の行いによって救われることはできない。ただイエスキリストを信じる信仰によって救われる」と書いてあって、その通りに理解している。つまり、救いは良い行い(work)によって得るものではなく、イエスキリストを信じる信仰(heart) によるものなんだよ。
アーミッシュの人たちは、敬虔でとても良い人たち(good people)なんだけど、本当に自分は死後に天国に行くことができるのだろうか?と自信がない人が多い。救いの根拠を、自分は良い行いをしているだろうか?という観点で考えているから、そうなるんだと思う。

 

 


私が今回の旅行で一番衝撃的だったのは、上記の内容でした。

 

前回の記事で書いたように、アーミッシュで生まれた子供たちは、アーミッシュの洗礼を受けてアーミッシュとして生きていくか、それとも外の世界で生きて行くか、自分の意思で選ぶことができます。そして驚くべきことに、8割以上の人はアーミッシュの洗礼を受けることを選ぶそうです。

 

私は最初にこのことを聞いたとき、どうしてそんなに大多数の人がアーミッシュとしての人生を選ぶのだろう?と感じました。やはり、生まれ育った生活スタイルやコミュニティの人間関係が大切だから、その道を選ぶのだろうか、と考えていました。

 

しかし、アーミッシュの電気を使わない生活は不便ですし、現代社会の中で彼らのコミュニティはかなり特殊な存在です。外の世界の人からは奇異の目で見られることも多いでしょうし、なぜ自分はアーミッシュなのか?と絶えず意識すると思います。

 

アーミッシュは、外の世界の人は救われないと考えている。天国に入るためには、彼らのルールを守ることが必要だと考えている」という彼の言葉に、私は驚きましたが、それと同時に、だからアーミッシュとして生きることを選ぶ人が多いのか、と納得しました。天国に入りたいから、救われたいから、アーミッシュとして生きる道を選ぶ。

 

私はプロテスタントのクリスチャンですが、イエスキリストを信じることは人生に必要だと思っています。
でも、アーミッシュの様々な細かいルールを守ることは、天国に入るために必要なことではないと考えています。私はクリスチャンで、聖書を日常的に読んでいます。アーミッシュの人達が読んでいる聖書も、翻訳は古くはあれども、基本的には同じものです。それなのに、どうしてこんなに解釈が異なるのか、考えてみました。

 

また次の記事に続きます。

元アーミッシュの人に色々質問してみた

 

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今回の旅の中で、元アーミッシュの男性と知り合ってお話を伺う機会がありました。
彼は非アーミッシュの女性と結婚していて、ティーンエイジャーの子どもがいるお父さんです。

 

アーミッシュでは、生まれた子どもたちがアーミッシュとして生きていくかどうかは、本人の意志に任されているといいます。ある程度大きくなったら、一度親元を離れて外の世界の生活を経験するそうです。その後で、アーミッシュの洗礼を受けてアーミッシュとして生きていくか、それとも外の世界で生きていくか決めるそうです。アーミッシュとして生きる選択をする人の方が多く、またアーミッシュは子沢山の家庭が多いこともあり、アメリカ、カナダにおいてアーミッシュの人口は増え続けているといわれています。

 

私がお話をした男性は、アーミッシュの洗礼を受けないで、外の世界で生きていくことを選んだ人です。


アーミッシュについて興味があった私は、彼に色々な質問をしましたが、丁寧に答えてくれました。


ここに記す内容は、あくまでも彼自身の経験であって、コミュニティによって事情は異なると思われますので、参考程度に留めておいてください。でも、日本人の私にとって、実際にアーミッシュの中で生きていた人の話を聞くことができた貴重な体験でした。

(写真はインターネット上で見つけた著作権フリーの画像です。アーミッシュでは写真を撮ることが禁じられているコミュニティが多いので、旅行中はアーミッシュの人たちの写真はほとんど撮りませんでした。)

 

 

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なぜアーミッシュを辞めようと決めたのか?
自分は幼い頃から、大人になったら自分はアーミッシュとして生きてはいかないだろうなと感じていたんだ。他の大人のように、馬車に乗ってアーミッシュの服装をして… という生活はしないだろうな、と思っていた。

 

アーミッシュにならない決断をした時、家族はどんな反応だったか?
自分は大家族の長男で、父親はビショップ(教会のリーダー的立場)だった。
僕がアーミッシュの洗礼を受けないと聞いて、母は動揺していたよ。

 

一般的に、アーミッシュの洗礼の決断は何歳くらいでするの?
いつまでに洗礼をしなくちゃいけない、という決まりはないんだ。本人の意志に任されている。でも、女の子の方が男の子よりも早く洗礼を受ける傾向があるかな。なんでかって?やっぱり女の子の方が色々しっかり考えているんじゃないかな。笑 

 

アーミッシュの人たちは、聖書以外の本を読んじゃいけないって聞いたけど本当?
聖書はKJV訳を使っている。(英語の欽定訳聖書。古典的な訳で、古い英語) 昔の人は、他の本を読むと何を信じるのか判断が難しくなってしまうから、聖書以外の本を読むのは好ましくないと言っていたそうだけど、自分の親は他の本も読んでいたよ。最近のアーミッシュは色々な本を読んでいるんじゃないかな。

 

 

 

賛美の時に楽器を使ってはいけないって本当?
うん。楽器は使わないのでアカペラで賛美するよ。歌集には100曲ほどの歌が載っている。ゆっくりの曲調が多いよ。

 

結婚式はどうやってするの?
結婚式は火曜日か木曜日に行われる。盛大にお祝いするよ。400人くらい集まるんだ。花嫁はどんな色の服を着ても構わない。


障がい者に対するケアはどうなっているの?
なるべく自分たちのコミュニティの中で助け合うようにしているよ。

 

赤ちゃんのオムツってどうしているの?やっぱり布おむつ?
いや、普通に使い捨てのオムツを使っているよ。君の娘さんと一緒じゃないかな。笑

 

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離婚する人はいるのか?
離婚は認められていないけど、結婚生活がうまくいかなくて別居している夫婦はいるよ。カウンセラーの助けが必要な場合もあるね。

 

独身の人はいるのか?
ほとんどの人は結婚するけど、独身の人もいるよ。

 

ランカスターを観光して、アーミッシュの人が飲食店などで働いているのを見て驚いた。
外の仕事を持っている人は多いよ。農業で人手が必要な時期は限られているしね。アーミッシュだって、生きていくためにお金は必要だよ。アーミッシュ向けの銀行もあって、銀行口座やクレジットカードも所有しているよ。保険も入っているよ。

 

今日観光地に行ったら、アーミッシュの乗っている馬車は非常に高価だと聞いて驚いたが…(特に馬の代金とエサ代などが高い。車よりもよっぽどお金がかかるらしい)


うん。そうだね。馬は高いよ。
アーミッシュだって生活していくためにお金は必要だ。
アーミッシュの間でも、もっといい家に住みたいとか、いい馬車に乗りたい願望だとか、他人を羨んだり比べたりする気持ちはあるんだよ。アーミッシュだって、ただの人間なんだよ。

 

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アーミッシュだって普通の人間だよ。敬虔で、昔ながらの服装をしているけど。」
という言葉が印象的でした。

 

アーミッシュは自給自足で生活している、と私は聞いていたので、外のお金を使う機会もないんじゃないか?と考えていたのですが、これは大きな誤解でした。アーミッシュだって税金も納めているし、外の世界のものも購入している。家に電線は引いていないけど、電池や蓄電器は使用できる。思った以上に現代的な生活をしていました。

 

彼との話はもう少し続きます。また記事を書いたらアップします。

 

 

 

アーミッシュを訪ねて ペンシルヴァニア州ランカスター旅行記

今回は、ペンシルヴァニア州ランカスターに旅行したときのことを写真で振り返って記事にします。

 

前回の記事はこちら。

 

countstars.hatenablog.com

 

ランカスターはアーミッシュの集落で有名な街で、観光地化しています。
私たちが訪ねたのは紅葉が美しい秋の時期でした。観光客も多く、アメリカ人の人たちが多い印象でした。アメリカ人にとっても、アーミッシュは自分たちとは全く異なる生活をしているので興味があるのでしょう。私たちは三日間滞在しましたが、日本人やアジア人の観光客はほとんど見かけませんでした。

 

ちなみに日本からアクセスする場合はニューヨークまで飛行機で行ってレンタカーするのがよくあるパターンだそうです。大都会ニューヨークから車で5時間くらいの場所に、電気を使わないアーミッシュたちが暮らしているって不思議ですね。


さて我々は長旅の末、ようやくペンシルヴァニア州ランカスターに到着。
初めて馬車とすれ違った時は思わず興奮!

 

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ごく普通の道路を、馬車が通っています。
私が感心したのは、馬車の後ろに反射板が付いていたことです。そりゃそうですよね。危ないもん…

左右にウインカーも付いています。道路交通法上、つけないといけないそうです。

 

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のどかな農地が広々とあります。


初めて私が車から降りた時に感じたのは、土と馬糞の臭いでした。
写真でみるときれいな風景ですが、匂いは強烈で、「ああ、これが田舎の農地なんだな」と思いました。

 

初日の夕食は地元のレストランで。アーミッシュの料理をビュッフェ式で食べられるお店です。結構混んでいて、20分ほど待ってから店内へ。

 

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マッシュポテトにローストチキン。添え野菜など。
食事の味は、まぁ普通でした。特別まずくもないし、美味しくもない。
ランカスターは観光地ですが、グルメを求めて訪ねる場所ではないので、まぁそりゃそうか、という感じでしたが。


翌日。

朝食をbird in hand farmers marketで。

観光客向けのマーケットです。食材、お土産など色々扱っています。
カウンター席のあるカフェで、10ドルほどで美味しい朝食を頂きました。

ここは安くて美味しかったのでオススメです。

 


働いていた女性もアーミッシュの方。

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チェックにこんな風に書いてくれました。ちょっと嬉しい。


入り口に売っていたアップルサイダーが美味しかったです。ひとカップで25セント。

 

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その後、アーミッシュが通う地元の本屋さんへ。
アーミッシュの学校で使う教科書、教会用の歌集や聖書などがありました。

本屋さんから外を見た景色。お客さんの馬車がとまっています。

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私が驚いたのはこの本。どうやって馬車に安全に乗るか。笑
車の免許取得も大変でしたが、馬車の運転も色々コツが必要そうですね…

 

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その後は、オススメのアイス屋さんへ。アーミッシュにも人気で、馬車で買いに来ている人もたくさんいました。
ドライブスルーではなくで、バギースルーかしら。

 

 

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アーミッシュの人との話の内容も、次回記事にしたいと思います。