Happy Wife, Happy Life

4人目妊娠中のママが日々考えていることを綴ります

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沖縄の祖父と戦争の話。

 
私の母は沖縄出身でした。20歳頃に東京に上京して、父と出会って結婚して、その後はずっと東京暮らし。私はずっと東京で生まれ育ってきたので、沖縄の親戚と会う機会はほとんどありませんでした。祖母は母が結婚してすぐに亡くなり孫の私は会ったこともありませんでしたが、祖父は結構長生きしていたので子どもの頃はよくお手紙を書いて文通をしていました。
 
中学生の頃、社会科の夏休みの宿題で、身近な人から戦争体験を聞きましょうという課題が出ました。祖父に手紙でお願いをしたら、自分の戦争体験を綴った手紙が届きました。
 
内容はうろ覚えなのですが、確かこんなことが書いてありました。
 
戦争で親やきょうだい、最初の妻もみんな亡くなり孤独になったこと。家族の中で生き残ったのは自分だけだったこと。
特攻隊に入ったけど、自分の順番がまわってくる前に終戦を迎えて命が助かったこと。
戦時中は木の上に死体がぶら下がっていたり、悲惨な状況だったこと。
その体験が辛くて、戦後思い出しては泣いて酒をたくさん飲んだこと。
 
 
母がその手紙を読んで、祖父からこのような内容を今まで聞いたことなかったと呟いていたのが印象的でした。祖父は戦争の体験があまりにも辛くて、普段は口にすることがなかったのでしょう。母が子どもの頃、大人同士がお酒を飲んでいる時に、あの頃は辛かったと心情を吐露している場面を見たことはあった、と言っています。
 
小学6年生の時に、沖縄に行った時、平和記念公園の慰霊碑を訪ねて、「ここからここまで書いてある名前、全部うちの親戚だよ」と祖父が教えてくれたことも思い出します。

最近ママ同士で会話していて、今の子どもたちって学校で戦争について学ぶ機会って少ないのかしらね、と話す中で、ふと思い出した自分の祖父との思い出を書いてみました。
2022年は終戦から77年。私の世代(30代)は、祖父母から戦争体験を直接聞けた最後の世代だったのかもしれません。
 
親戚みんなが亡くなった中、祖父がたった1人生き残ったこと。
その命が紡がれて、私自身やこどもたち4人も存在していること。
この命と日々の生活がかけがえのないものであることを感じます。